今日私たちが暮らす社会は「情報社会」と呼ばれるほど、さまざまな種類と膨大な量の情報で溢れている。この社会において情報を得るということは、現在の暮らしをよりよく、有益なものにしていくために、なくてはならないものになってきている。ただし、私たちの身の回りにある情報全てが全て有益なものになりえるかというと、それは違う。情報を伝える側の主観や概念の介入によって、事実とはズレてしまった情報や、政治上の都合で政府によって意図的にずらされたり、法律などによって制限されたりする情報もある。また、人々の無知に付け込んで間違った情報を流す者、広める者、利用する者のも残念ながら現在の社会には存在している。こういった情報も混じる中で、メディアの特性を理解し、大量の情報の中から自らに有益な情報を選択し、応用する能力、所謂メディア・リテラシーというものが現代社会を生きる人々には求められているのである。
しかし、現在求められるメディア・リテラシーとは、ただ単にメディアの特性を理解するだけでは十分とは言いがたい。なぜなら、私たちの暮らす社会は「情報社会」であると同時に「国際社会」でもあるからだ。この二つの特徴を併せ持った社会において、そこに存在する情報はさらに複雑になったといえる。なぜなら、単純に量が増えたという点に加えて、国際社会である以上、国外のさまざまな情報がメディアによって報道されるが、そこには主観や概念だけでなく、言葉の違いによるズレが生じるからである。また、国内以上に概念の違いがあり、一つの出来事に対する報道も国が違えば180度違ってしまうことすらある。
国際社会において言葉や文化の違いがある以上、報道におけるズレは起こってしまう。問題なのは、そこにズレがあると気付かずに、報道されたものをそのまま鵜呑みにしてしまうことである。それを防ぐためにも、ズレが存在することを認識し、それを見破る能力が必要不可欠なのである。
当分科会ではこういったメディアによる海外の報道の中に存在するバイアス(偏向)について議論していく。どういったバイアスがあるのか、なぜバイアスが生まれるのか、そして報道を受け取る側としては、どうそのバイアスを見抜いていけばよいのか、といった三つの点についてそれぞれ意見を交わし、またFWを通して、伝える側はどうするべきなのかということについても考えていきたい。今回の分科会が「情報社会」と「国際社会」の合わさった現代において必要なメディア・リテラシーを身につける足がかりになればと考えている。